なぜサービスデザインは行動経済学と人間心理を理解することから始めるべきなのか

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私たちはさまざまな情報をもとに日々思考しています。しかし、そこには多くの無意識の思い込みが働いています。この記事ではサービスデザインを実践する上で理解すべき、行動経済学や人間心理について解説します。

デザイン概念図

なぜサービスデザインは行動経済学と人間心理を理解することから始めるべきなのか

社会課題が複雑化する中で、ユーザーのニーズがわからなくなっています。そのような時代において、サービスデザイナーは行動経済学と人間心理を正しく理解し、サービスデザインに生かす必要があります。

行動経済学とは

消費行動に大きな影響を及ぼすのは感情であり、理性ではありません。暮らしのほとんどの場面で、私たちは感情に従って判断し、行動しています。世の中に流通する製品やサービスのほとんどは私たちに感情的な行動を引き起こすように工夫されています。また、ユーザーの行動を促す仕掛けをナッジと言います。

ナッジとは

直訳すると「肘で突く」という意味で、後押しをするという意味で使われます。本人による選択肢を残しつつ、自発的に望ましい行動をとるように促す仕掛けとして使われる言葉です。経済学者で2017年にノーベル経済楽章を受賞したシカゴ大学教授のリチャード・セイラーと法学者でハーバード大学教授のキャス・サンスティーンによって提唱されました。

ナッジの例
・プリンターの基本設定が両面印刷になっている。(片面印刷に変更できるがほとんどしない)
・定額サービスが自動更新になっている(解約はいつでもできるが忘れてやらない)

例えば、パン屋で「焼き上がり時間が記載されていたり、焼きたてのPOPがあったりすると、ユーザーはついつい買ってしまいます。それは焼きたての温かさや香りがナッジになって消費者の欲望を湧きたてるからです。パンの食べ過ぎは体重増につながるので、我慢したほうがいいという自制心が働くこともありますが、感情は理性に勝るため、自制するのにも限界があります。このように欲求と自制心の間で揺れ動くジレンマを私たちは毎日のように行っています。

私たちは日々さまざまな形で思考しています。行動経済学を支える概念でもあるヒューリスティックや認知バイアスについて、心理学者の研究によって証明されたものの中からいくつか解説します。

行動経済学におけるヒューリスティックとは

ヒューリスティック(Heuristic)は心理学の言葉で、「発見を促すような」「推測に基づいた」といった意味をもち、複数形のヒューリスティックスは発見的問題解決法や経験則と訳されます。つまり、ある課題に対してざっくりとした答えを自動的に導き出す思考方法です。必ずしも正しい答えではないかもしれないけど、経験則や直感的に従い、ある程度正解に近い答えを得ることができるという意味です。
行動経済学の言葉であるヒューリスティックは、「人が意思決定をするときに、時間をかけて論理的な考察はせずに、物事を単純化した上で考察して判断する」という概念を示しています。
ヒューリスティック評価はユーザインタフェースのユーザビリティを評価するための手法として多くのデザイナーが活用しています。
ヒューリスティックスには、素早く意思決定できる利点がある一方で、判断ミスを誘発しやすいというデメリットもあります。よく知られているのが代表制ヒューリスティックです。

代表性ヒューリスティック

一般的な状況より特殊な状況のほうが確率が高いと思い込むことを代表ヒューリスティックと言います。代表性ヒューリスティックの有名な例として、リンダ問題があります。エイモス・トベルスキー(Amos Tversky)とダニエル・カーネマン(Daniel Kahneman)が考案しました。

リンダ問題
リンダは30代の独身女性です。非常に聡明で、はっきりとものを言います。差別や社会主義に関心を抱き、大学生の時は社会運動を行っていました。

リンダは次のうちどちらの可能性が高いでしょうか?
 (A)リンダは銀行の窓口係。
 (B)リンダは銀行の窓口係で、フェミニズム活動家。

こう問われると、多くの人が(B)と答えます。差別や社会主義に関心がある女性であれば、フェミニズム活動家に違いない、と推察するからです。しかしこれは非論理的です。なぜならば統計学的に考えると、2つの特長より、1つの特長の方が当てはまる確率は高いに決まっているからです。

認知バイアスとは

バイアス(bias)は英語で、「偏り」を意味します。「思考の偏り」や「思考ミス」という意味で用いられることが多いです。私たちは普段の生活の中で、さまざまなことを自分で思考していると思いがちです。しかしその思考にはバイアスが含まれています。私たちは世の中の物事を部分的に見ているのです。

認知バイアスとは、心理学で使われる用語で、物事を判断する時に、生活習慣、人生経験で得た思い込みや固定観念、不安や懸念などによって記憶の誤りが生じることで、非合理的な行動をとってしまうことを指します。

サービスデザインにおいてもUXを設計するのが一般的ですが、認知バイアスを軽視してしまうと、場合によってはサービスデザイナーとして判断を大きく誤らせる可能性があります。つまりサービスを考える上で、少し思考すればわかるような簡単な間違いを犯す可能性があるのです。

その一方で、認知バイアスを深く理解し、ユーザーのバイアスを壊し、抗うアイデアを生むことに注力することができれば、革新的なサービスを生み出すことが可能です。

サービスデザイナーは自らの認知バイアスに左右されないように努力しつつ、逆にターゲットユーザーのバイアスを壊すアイデアを生み出すことが求められています。

サービスデザイナーが気を付けるべき認知バイアスの種類

100種類以上あると言われる認知バイアスの中から、サービスデザイナーが気を付けるべきバイアスをまとめました。

(1)無意識バイアス

サービスデザイナーが最も恐れるべきはこの無意識バイアスです。無意識バイアスはアンコンシャス・バイアスとも言われ、自分自身が気づかない思考の偏りや思考ミスを指します。無意識の中で行われる些細な言動が相手の意識に作用するため、サービスデザインを行うときは、ステークホルダーの属性に注意し、無意識バイアスによる影響を最小限にするための仕組みづくりを検討する必要があります。

例題
あなたは、とあるサービスの立ち上げにデザイナーとして参画しました。会員登録のUXを考える際に、氏名や住所のほか、性別の入力を求めることになり、ユーザーの負荷を軽減させるため、男性と女性のラジオボタンから当てはまる方を選択できるようなプロセスを描きました。

もしこの文章に違和感が無かった方は、無意識バイアスにより判断が歪んでしまっている危険性があります。
何が問題かというと、性別を男性と女性に限定し、他の選択肢を除外したことです。社会はダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン(Diversity, Equity and Inclusion; DE&I)に配慮する方向へシフトしています。男性と女性という2種類に性を分割してしまうのは、無意識バイアスの典型例と言えます。DE&Iに関しては別記事でも触れていますので、ご覧ください。

(2)ハロー効果

ある人物に好意を抱くと、その人物に対するすべての言動が好意的に映ることはありませんか?「恋は盲目」という言葉があるように、一度恋に落ちるとすべてが好意的に映り、夢中になることで理性や事実が無視され、合理的な判断ができなくなる状態をハロー効果と言います。学術的には、ハロー効果とは1920年に理学者のエドワードソーンダイク氏が発表した論文に初めて登場した言葉で、何かを評価するときに、目立った特徴に評価が引っ張られてしまい、その他の事象について思考の偏りにがかかり正しい評価ができずに歪んでしまう現象のことです。例えば、マーケティングにおいて高感度の高い芸能人を広告に起用することはよくあります。芸能人と製品・サービスには全く関係ないにも関わらず、広告を見た人は「人気の芸能人が出ているから、きっと優れた製品に違いない」と思いがちな傾向にあります。このようにハロー効果を活用した例はたくさんあります。

(3)損失回避性

わたしたちは損失による苦痛を大きく感じ、利益がもたらす満足を過小評価します。これを損失回避性と言います。例えば、「コインを投げて表が出たら7万円もらえるが、裏が出たら5万円払う」というギャンブルに多くの人が参加したくないと思うでしょう。それは7万円の利益がもたらす満足よりも5万円の損失による苦痛が大きいからです。私たちは不確実な状況下に置かれると、利益の場合は少額でも確実に得ることを望み、損失の場合はリスクを負っても回避することを望みます。

(4)フレーミング効果

同じことを言っているのに、表現を変えるだけで印象が変わることをフレーミング効果と言います。いわゆるコップの半分まで注がれた水を見たとき、「半分もある」と「半分しかない」のどちらを想像するかの違いです。

サービスデザイナーやUXデザイナーはユーザビリティ評価を実施する際、フレーミング効果に気を付ける必要があります。

例題
アプリのユーザビリティを検証する際に、被験者に対する説明でどちらが適切でしょうか?

(A) この手順にすべて従って操作してください。
(B) この手順にのみ従って操作していただければOKです。

どちらも正解ですが、(A)の説明を受けた被験者はアプリのユーザビリティについて厳しい評価を付けやすく、(B)の説明を受けた場合はアプリのユーザビリティについて肯定的な評価を付ける可能性が高まります。このように表現はユーザーの印象を左右しますので、ユーザビリティ評価をする際は気を付けましょう。

行動経済学と人間心理を理解し、革新的なサービスを生み出すには

ここまで、行動経済学や人間心理について解説しましたが、理解するだけではダメです。この知識を生かしてサービスデザイナーとして行動しなければいけません。革新的なサービスを生み出すには、下記を実践しましょう。

(1)多様性のあるチームを組む

バイアスを排除し、さまざまユーザーが必要とするサービスをデザインするには多様性のあるチームを組むことが大切です。職種、国籍、年齢、性別など、多様性に富んだ専門家を集めて思考することで、画一的なチームに存在するバイアスや思考の偏りを取り除くことができます。

(2)認知バイアスを意識して事象を疑い続ける

自らの能力を過信せずにヒューリスティックやバイアスを自覚する必要があります。自覚することで、サービスデザインのプロセスでバイアスを疑い続けることが大切です。

終わりに

行動経済学と人間心理はサービスデザインにおいて重要な知識です。理解した上で思考の偏りであるバイアスを取り除く訓練をしましょう。
creativeog[クリオグ]では、デザインに関する記事を多数執筆しています。他の記事もぜひお読みください。

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