
ユーザーエクスペリエンス(UX)を考える上で、私たちデザイナーがどれほど精緻な設計をしても、最終的な体験は「ユーザーの頭の中」で形作られ、意図した通りには使われないことを理解する必要があります。
本記事では、UXデザインにおける重要な「メンタルモデル」と「概念モデル(コンセプチュアルモデル)」の違いと関係性、さらに行動経済学の視点を交えながら、UX5段階モデルを軸に解説します。
ドナルド・ノーマンの教え
“Design is really an act of communication, which means having a deep understanding of the person with whom the designer is communicating.”
— Donald A. Norman, The Design of Everyday Things
デザインとは本質的にコミュニケーションの行為であり、それはつまり、デザイナーがコミュニケーションをとる相手(=ユーザー)を深く理解していることを意味します。
デザインをする際に、デザイン意図(概念モデル)に固執することなく、ユーザーの理解(メンタルモデル)をすることで、より良いUXを構築することができます。逆に言えば、デザイン意図(概念モデル)とユーザーの理解(メンタルモデル)のギャップが製品の使いにくさや誤解を招く原因であると述べています。
概念モデルとは何か?
概念モデルは、製品がどのように機能し、組み合わされるかについての高レベルの計画としてデザイナーによって作成されます。これは、システムの組織を形成する要素であり、最終的には顧客が対話するインターフェースで表現されます。
メンタルモデルとは何か?
メンタルモデルとは、ユーザーがある対象やシステムについて「こうなっているはずだ」と信じている内面的な理解の枠組みです。これは、過去の経験や文化的背景、教育、メディアなどの要因によって形成されます。ユーザーは新しいサービスや製品を使う際、既存の知識や予測を基に行動します。つまり、製品の「正しい使い方」ではなく、「こう動くはず」というメンタルモデルに基づいて操作します。
たとえば、日本では「自動ドア」が設置された場所で多くの人が立ち止まり、ドアが自動的に開くと信じています。これは、自動ドアに対する無意識のメンタルモデルの一例です。一方、ヨーロッパでは手動でドアを開ける機会が多く、センサー付きの自動ドアに戸惑うことがあります。これは文化に基づくメンタルモデルの違いが顕在化した例です。
UXとは何か?
2011年に発行されたUX白書には以下のように述べられています。
余談ですが、筆者がフィンランドへ留学していた際、執筆者のVirpi Loto(当時はNokia、現在Aalto University)にUXデザインを学び、かなり鍛えられました。
The term ‘user experience’ (UX) is widely used but understood in many different ways. The multidisciplinary
nature of UX has led to several definitions of and perspectives on UX, each approaching the concept from a
different viewpoint. Existing definitions for user experience range from a psychological to a business
perspective and from quality centric to value centric. There is no one definition that suits all perspectives. A
collection of UX definitions is available at www.allaboutux.org/ux-definitions.
User Experience White Paper「ユーザーエクスペリエンス(UX)」という用語は広く使われていますが、その理解のされ方は多様です。UXの学際的な性質により、さまざまな定義や視点が生まれており、それぞれが異なる観点からこの概念にアプローチしています。既存のUXの定義は、心理学的な視点からビジネス的な視点まで、また品質重視から価値重視まで幅広く存在します。すべての視点に適合する唯一の定義は存在しません。
つまり、UXデザインの定義はカチッと言えないということになります。
このままだと、モヤモヤしますよね。一応筆者の理解としてUXは次のように解釈しています。
UX(ユーザーエクスペリエンス)は、ユーザーが製品やサービスを使った際に感じるすべての体験を指します。使いやすさだけでなく、期待、満足感、感情の変化も含まれます。UXは単なる「使いやすさ」を超えて、ブランドとの関係や顧客体験全体の設計を包括的に捉えます。
UXの概念モデル(UX5段階モデル)とは
UXデザインを構造化するためにGarrettが提唱した「UX5段階モデル」は以下の5つのレイヤーで構成されます。
- 表層(Surface):視覚デザインやインターフェース
- 骨格(Skeleton):ナビゲーションやレイアウト
- 構造(Structure):情報の組織化やインタラクション設計
- 要件(Scope):機能やコンテンツの要求事項
- 戦略(Strategy):ユーザーとビジネスの目標の定義

このモデルは、デザイナーが製品やサービスの体験をどのように構想し、設計するかを示す「概念モデル」に近いと言えます。
メンタルモデルと概念モデルの関係性
ノーマンは、ユーザーのメンタルモデルとデザイナーの概念モデルの間の「ギャップ」が使いにくさや混乱の原因となると述べています。良いUXデザインは、このギャップを最小限に抑えることによって実現します。理想的な状態は、「ユーザーが思った通りに使える=メンタルモデルと概念モデルが一致している」ことです。
メンタルモデルは行動経済学に通じる
メンタルモデルは、人間の「非合理性」を示すものでもあります。行動経済学では、人々が感情や直感、バイアスによって行動することを考慮します。これらの心理的要因は、ユーザーのメンタルモデルの形成にも大きく影響します。
行動経済学とUXデザインの関係性
行動経済学の理解は、UXデザインにおいて非常に有益です。例えば、選択肢が多すぎると決断が難しくなることや、デフォルトの選択肢が採用されやすい現象などがあります。これらを考慮することで、ユーザーにとって自然でストレスの少ない体験を設計することが可能になります。
おわりに
UXデザインは単に「使いやすさ」を追求するものではなく、人の認知や行動、価値観を深く理解したうえで設計する知的で人間的な営みです。メンタルモデルと概念モデルのギャップを認識し、行動経済学の視点を取り入れることで、より豊かで意味のある体験を提供できるのではないでしょうか。creativeog[クリオグ]では、デザインに関する記事も多数執筆しています。他の記事もぜひご覧ください。