デザインと意匠、そして設計

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大学に入学したばかりの頃、多くの授業で繰り返し耳にしたのが「デザインとは何か」「意匠とは何か」という問いでした。当時の私は、デザインの実技にばかり関心が向いていたため、先生たちが何を語っていたのか、正直ほとんど覚えていません。

しかし今、あらためてデザインの原点を探る旅の中で、改めてこの問いに向き合ってみたいと思います。

デザインの語源

「design」という英単語は、ラテン語の「designare(デジグナーレ)」に由来します。

de-:〜から、〜に向かって(方向・強調の接頭辞)

signare:印をつける、記号をつける、示す
「sign(サイン)」や「signal(シグナル)」の語源でもあります

この語源から「designare」は本来、「印をつけること/示し、計画すること」という意味になります。

デザインの和訳:「設計」か「意匠」か

「デザイン」という言葉は、日本語に訳す際に文脈によって「設計」や「意匠」といった言葉が使い分けられます。それぞれの訳語には微妙なニュアンスの違いがあり、その背景には歴史や制度の影響も見え隠れしています。

設計

意味:

「設計」は、主に機能や構造に焦点を当てたデザインの側面を指します。工学、建築、プロダクト開発などの分野で、目的を達成するために計画的に物事を構築する行為として使われます。

使用例:

  • 建築設計(architecture design)
  • システム設計(system design)
  • 機械設計(mechanical design)

特徴:

  • 論理的・技術的
  • 実用性重視
  • 成果物は図面や仕様書

意匠

意味:

「意匠」は、特に形状や色彩、模様など視覚的な美しさに関するデザインを指します。法的な文脈では「意匠法」にも現れるように、工業製品などの見た目の創造的な部分を保護するための言葉でもあります。

使用例:

  • 意匠権(industrial design rights)
  • 意匠登録(design registration)

特徴:

  • 美的・感性的
  • 文化的・表現的要素を含む
  • 審美性やブランド価値の重視

なぜ使い分けられるのか?

日本において「設計」と「意匠」という訳語が文脈に応じて使い分けられているのは、いくつかの歴史的・制度的背景によるものです。

まず挙げられるのが、産業構造の違いです。「設計」は主にエンジニアリングや建築、機械などの技術分野で発展してきたのに対し、「意匠」は美術や工芸、さらに法律の領域において独自の意味を持つようになりました。こうした分野ごとの役割分担が、それぞれの言葉の定着を促しました。

次に、翻訳の歴史的経緯です。明治以降、西洋の概念である “design” が日本に輸入される中で、その意味合いは一語では置き換えきれず、分野別に「設計」「意匠」などの訳語があてられてきました。この過程で、それぞれの言葉は異なる専門領域で意味を深めていきます。

さらに、制度との結びつきも大きな要因です。特許庁が運用する「意匠制度」では、商品の形状・模様・色彩などの視覚的特徴を「意匠」として法的に保護しています。この制度的定義が社会に広く浸透したことにより、「意匠」は単なる美的要素以上に、法的・経済的価値を持つ概念として位置づけられるようになりました。

現代における「デザイン」

現代では「デザイン」は、単に「設計」や「意匠」に留まりません。体験設計(UX)やサービスデザイン、ビジネスモデルデザインといった、抽象的な思考や戦略レベルの活動まで含むようになっています。

このような文脈では、もはや「設計」や「意匠」では意味が足りず、カタカナの「デザイン」がそのまま使われることも増えてきました。

本記事では、その中でも特に「意匠」について深掘りしていきたいと思います。

意匠の語源

「意匠(いしょう)」という言葉には、東アジア固有の美意識と創造性が込められています。日本語としての「意匠」は中国由来の言葉で、もともと漢文や古典文学に見られる表現です。

  • 意(い):思い、志、考え、意図、意味
  • 匠(しょう):職人、技術者、または巧みな技術や工夫を持つ人

二語を合わせて、「意図をもって巧みに工夫すること」という意味になります。

古典における語源

「意匠」という言葉は、中国の古典文学に由来する漢語です。特に有名なのが、唐の詩人・白居易(白楽天)の『与元八書』に見られる以下の一節です。

吾詩意匠苦憐深(わが詩の意匠は苦しみて憐れみ深し)
—— 白居易『与元八書』

この詩における「意匠」は、詩作における構想や工夫、すなわち「構想力と表現力」を意味しています。

つまり、「意匠」とはもともと、芸術的・文学的な創造における“工夫”や“創意”を指していたのです。

現代における「意匠」のニュアンス

現代日本では、「意匠」という言葉には主に次のようなニュアンスがあります:

  • 法的用語:意匠法に基づく、商品等の見た目の創作物
  • 美術的な意味合い:装飾・デザインの工夫
  • 文化的・美意識的表現:建築や工芸などにおける“こだわり”や“構想力”

「デザイン」という言葉が英語圏ではラテン語の「designare(示す・描く)」に由来するのと同様に、「意匠」もまた、詩や美術の中での“工夫”から発展してきた、東アジア独自の美意識が詰まった言葉なんです。

これまでのまとめ

ここまで「意匠」の意味を見てきましたが、筆者はこの言葉に深い重みを感じるようになってきました。

なぜなら、デザイナーとは「意味を問い直す」職業であり、「意匠」とはまさに「意味を再構築する匠の行為」だと思うからです。

詳細はこちらをご覧ください。


私たちが当たり前と思っているものの見方や構造、使い方、存在意義に対して、別の角度から光を当て、新しい文脈と意味を与え直す。これこそが「意匠」であり、それを行うのがデザイナーです。

それは単にモノの「かたち」を整えるのではなく、「なぜそれがこの世界に必要なのか」という問いに答え直す行為でもあります。

たとえば
  • 傘のデザインを変えるのではなく、「なぜ雨をしのぐ手段は傘しかないのか?」という問いを立て直す。
  • 説明書を美しく整えるのではなく、「そもそも説明が不要なプロダクトとは?」と考える。
  • 病院のサインを刷新するのではなく、「誰にとって、どんな瞬間に“道に迷った”と感じるのか?」を再定義する。

このように、意匠とは既存の意味や常識に対する挑戦であり、意味の再構築(reframing of meaning)に挑む知的実践なのです。

そしてそれを可能にするのは、使い手の声に丁寧に耳を傾け、社会の中にある小さな痛みに目を凝らし、まだ言葉になっていない問いをすくい上げる、プロフェッショナルとしての感性と技術なのです。

中国のことわざから考えるデザインとは

いつも勉強させていただいているこちらのnote記事で、このようなイラストと文章が紹介されています。


noteの中でこう書かれています。

東京大学のi・schoolで行われたワークショップの中で、台湾の成功大学創意產業設計研究所のYang Chia-Han先生が見せてくれたイラストです。(中略)Yang先生はこのイラストを見せながら「これがデザインです」と説明されました。その瞬間、私の頭の中のモヤモヤが一気に晴れ、スッキリしたのを今でもはっきり覚えています。
Kenta Ono(noteより抜粋)<https://note.com/kenta_ono/n/n36bcbb9eb990>

現実世界に対して「矢と的を同時に射ったり動かしたりしながら何度も想像と創造を繰り返し、矢と的の納まりが良い位置を探索する」というのがデザイン的クリエイションです。
Kenta Ono(noteより抜粋)<https://note.com/kenta_ono/n/n36bcbb9eb990>

この意味が何なのか自分の咀嚼を兼ねて、興味深かったので、少しこのイラストの意味を考えてみました。

このイラストの本来の意味

中国の古いことわざに「先射箭,后画靶(まず矢を射てから的を描く)」という表現があります。これは、「物事が起きた後なら、誰でもあたかも狙っていたかのように見せかけることができる」という意味です。このイラストは、まさにそのことわざを視覚的に表現したものです。

中国語圏では、プレゼンやビジネス、教育などで「後づけの正当化の愚かさ」を説明する際によく使われます。

このイラストが示すデザインにおける意味

もとの解釈はnoteをご覧いただくとして、この記事では、筆者なりのデザインの理解をまとめたいと思います。

デザインとは、「意味を問い直す」職業だと考えています。つまり、既存のルールや尺度に疑問を投げかけ、新たなものさしや基準を見出し、つくり出す仕事です。

そう考えると、このイラストに描かれたシーンは、まさにデザインのプロセスそのものを表しているように見えてきます。

矢を放った後に、ふと立ち止まって考える。「なぜこの場所が心地よく感じるのだろう?」「もしかすると、ここに“的”があるべきなのでは?」——このように、結果から意味や基準を見出していく姿勢は、まさにデザインにおける創造(想像)の営みです。

デザインとは、このような試行錯誤と問い直しの連続です。イラストは静止画ですが、もしこのシーンを目の前で見たとしたら、この男性はきっとまた弓を構え、再び矢を放つでしょう。そして的の形や位置も変えながら、「より納得のいく場所とはどこか」を探っていくのです。

ここで重要なのは、彼が「矢を放つ」という行為と、「的を描く」という行為のあいだに、想像のプロセスを挟んでいることです。この“繰り返される想像”こそが、矢と的の関係を「なんか、ちょうどいいな」と感じられるものへと導いていきます。

つまりこのイラストは、「意味をつくり変える」というデザインの神髄を、静かに、しかし力強く語っているのではないか。私はそう感じました。

終わりに

「デザインとは何か?」という問いは、見た目や技術を超えたところで、世界とどのように向き合い、意味を与えなおすのかという哲学的な実践そのものだと思います。

その実践に携わる者として、「意匠」という言葉に込められた先人たちの知恵と精神に、今こそ立ち返りたいと思うのです。creativeog[クリオグ]では、デザインに関する記事も多数執筆しています。他の記事もぜひご覧ください。

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