工業デザイナーは資本主義の経済システムの中でしか生きられないのか?

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筆者はデザインの高等教育を受け、現在インハウスデザイナーとして仕事をしていますが、もし資本主義が崩壊し、別の経済システムに変わったらどうなるのかと考えるようになりました。そこで本記事では、「工業デザイナーは資本主義の経済システムの中でしか生きられないのか。」について考えたいと思います。

資本主義とは

資本主義は、経済システムの一形態であり、生産手段が個人や法人によって所有・経営され、市場競争が基盤となる特徴的なシステムです。利潤追求が中心となり、需要と供給、および価格が市場での資源配分を決定します。個人の自由な経済活動や競争が、効率的な生産と資本の蓄積を促進します。資本主義は16世紀の商業発展から始まり、イギリスを発端とする産業革命で急速に拡大しました。そして自由市場と競争が19世紀に隆盛し、1980年代以降は新自由主義が広まり現在に至ります。

工業デザイナーの歴史と生い立ち

工業デザイナーの歴史は諸説あるため、本記事の内容が正しいとは断定できませんが、私の理解するところを書かせていただきます。

工業デザインの概念は19世紀末から根付き、アーツ・アンド・クラフツ運動やドイツのバウハウスによるデザイン教育などが盛んに行われました。20世紀初頭にはアメリカで「インダストリアルデザイン(工業デザイン)」が一般に知られるようになり、製品の外観や包装、ブランディングが商品の競争力を左右するようになり、これに関連する専門職として工業デザイナーが登場しました。そして現代の消費財デザインでは、自動車や家電製品などで工業デザイナーが中心的な役割を果たし、機能性だけでなく、ユーザビリティや感性的な要素も考慮されるようになりました。

資本主義と工業デザイナーの関係性

資本主義の経済システムのもとで工業デザイナーが誕生したことで、工業デザイナーの使命はデザインによって製品の希少性や競争力を高めることだと一般的に認知されています。その考えは今も根付いており、私も企業価値を高めるためにデザインの力で製品の魅力を高めて、顧客に提供することを至上命題として業務に努めています。

資本主義の経済システムが抱える問題とはなにか?

ここまで、資本主義と工業デザイナーについて整理しましたが、ここからが本題です。私たちは資本主義によって経済的な豊かさと不自由のない暮らしを可能にしました。しかし、資本主義は不平等な富の分配、地球温暖化や気候変動などの環境問題、市場の不安定性などの課題も抱えています。そして今、資本主義を懐疑的に捉えて、新たな経済システムを模索する動きが加速しています。

そこで本章では、斎藤幸平著 『人新世の「資本論」』から文章を引用しながら、「資本主義の経済システムの問題について考えたいと思います。

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感想(1件)

「構想」と「実行」が分離される

本来人間の労働において「構想」と「実行」が統一されている。例えば職人は頭の中で椅子を作ろうと構想し、ノミやカンナを使って実現する。ここには、労働過程における一連の統一的な流れが存在する。(中略)資本は、職人たちの作業を注意深く観察する。そして、各工程をどんどん細分化していき、各作業時間を計測し、より効率的な仕方で作業場の分業を再構成する。(中略)「構想」能力は、資本によって独占される。職人の代わりに雇われた労働者たちは、ただ資本の命令を実行するだけである。「構想」と「実行」を分離されたのだ。

斎藤幸平著 『人新世の「資本論」』 P221-222

資本主義によって「構想」が資本に独占されてしまい、私たちは労働者として「実行」だけをさせられている点です。つまり、私たちは創造力を奪われた上で、代替可能な単純労働資源として資本に利用されています。マルクスも「資本論」の中で、資本主義の経済システムにおける労働者を「奴隷」と例えて、資本主義を批判しました。

商品の「価値」の合計である財産が経済を支配する

マルクスの用語を使えば、「富」とは、「使用価値」のことである。「使用価値」とは空気や水などがもつ、人々の欲求を満たす性質である。これは資本主義の成立よりもずっと前から存在している。それに対して、「財産」は貨幣で測られる。それは、商品の「価値」の合計である。「価値」は市場経済においてしか存在しない。マルクスによれば、資本主義においては、商品の「価値」の論理が支配的となっていく。「価値」を増やしていくことが、資本主義的生産にとっての最優先事項になるのである。その結果、「使用価値」は「価値」を実現するための手段に貶められていく。

斎藤幸平著 『人新世の「資本論」』 P247

ここでは、資本主義によって商品の「価値」の合計である財産が経済を支配している点に着目しています。かつて水は誰でもアクセスできる共有の資源でしたが、今では企業が水源の利権を購入し、独占し、ペットボトルに充填して「商品」として販売しています。それにより私たちは水を商品として購入するために働かなくてはいけなくなりました。このように、私たちは本来自由に使えたものをわざわざ商品として購入しなければいけなくなった現実を嘆くべきかもしれません。

「絶対的貧困」を生み出す資本主義

世の中には商品が溢れている。けれども、貨幣がなければ、私たちは何も買うことはできない。貨幣があれば、何でも手に入れられるが、貨幣を手に入れる方法は非常に限られており、常に欠乏状態である。(中略)いまや、貨幣を手に入れるために、他人の命令のもとで、長時間働かなくてはならない。(中略)マルクスはこの不安定さを「絶対的貧困」と呼んだ。「絶対的貧困」という表現には、資本主義が恒久的な欠乏と希少性を生み出すシステムであることが凝縮されている。

斎藤幸平著 『人新世の「資本論」』 P252-253

私も資本主義が恒久的な欠乏と希少性を生み出すシステムであることに深く共感します。私の地域社会あるいはご近所付き合いというのはなく、さまざまなサービスをかつようしながら生活をしています。そのために貨幣を手に入れるために仕事をしなければなりません。まさに資本主義における絶対的貧困の一員なのです。

希少性に依存しながら貧困な生活を耐え忍ぶ

貧困な生活を耐え忍ぶことを強いる緊縮のシステムは、人工的希少性に依存した資本主義の方である。私たちは、十分に生産していないから貧しいのではなく、資本主義が希少性を本質とするから、貧しいのだ。

斎藤幸平著 『人新世の「資本論」』 P268-269

希少性という言葉を解説すると、ロレックスやフェラーリ、エルメスなどのハイブランドは流通量を少なくすることで、希少性を生み出することでブランドを形成しています。私たちは希少性の高い商品に魅力を感じて高額な代金を支払います。この依存体質は、資本を追い求め続けます。しかも資本(ここでは流通する貨幣)も希少性を生むために量を制限しているため、限りある資本の奪い合いが発生します。このようなゼロサムゲームでは、格差が生じて、多くの人々は貧しくなってしまうのです。

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感想(1件)

資本主義では共創がうまくいかず、大きな社会課題は解決できない?

資本主義では競争が求められ、生産効率を高めて経済を発展させました。一方で企業の知的財産や技術は自社の利益のために非公開化され、社会に無償で還元されることはありません。いま、世界に山積されている社会課題や環境課題を解決するためには、企業の壁を越えて知恵を寄せ集める必要があります。しかし資本主義はそれを許しません。知的財産保護および価値としての貨幣(利益)をどう分配するのかに議論が終始するあまり、技術革新が進まないのです。そしていま、コモンズという概念が改めて支持され始めています。デザイナーとして働いていると「クリエイティブ・コモンズ」をよく耳にしますが、このコモンズこそがこれからの人類が地球で暮らすために必要な概念ではないかと私は考え始めました。

共産主義の経済システムで提唱される「コモンズ」とは何か

マルクスは著書『資本論』で、個人や企業による生産技術などの知的財産の私有化が対立を生み、労働者が搾取される点に焦点を当てました。そして、共産主義社会では、知的財産は個人的な所有ではなく、共同体全体のものとなり、それに基づいて生産された富も公平に分配されるとしています。つまり技術をコモンズとするのです。コモンズは、生産手段や富が私有制から共有制に移行し、労働者階級が搾取から解放された社会を指す概念です。これは、共産主義社会の理念の一環として位置づけられています。

資本主義が崩壊したら工業デザイナーは不要になるのか?

資本主義の経済システムが崩壊して、希少性の排除と占有財産の社会還元がおこなわれると工業デザイナーが行っていた「高品質な製品により競争力を高めて、希少性を上げて高い収益を上げる」必要性がなくなります。つまり貨幣を得るためのデザインがいらなくなるのです。私の理解としては、工業デザイナーやUXUIデザイナーなど、希少性を生み出すための専門職はすべて衰退するのではないかと思っています。しかし斎藤氏も書かれていた「構想」と「実行」を備えた能力こそがデザイナーの本質的な専門性であり、それは職人や芸術家(アート)と比較しても遜色ありません。もし資本主義が崩壊しても、デザイナーがアート・アンド・クラフツ、いわゆる工芸の世界に足を踏み入れる場合は、楽しく働くことができるのではないかと思います。

コモンズのためのデザイナーは、どんな能力が求められるのか?

資本主義における現代の企業は職制が業務所掌が細かく分かれており、デザインがコントロールできる範囲はきわめて限定的です。仮に資本主義が崩壊して新たな経済システムが動くとき、工業デザイナーはどうのような能力が求められるのでしょうか?ここからは私の独自説として記述したいと思います。まずデザイナーの多くは職人として再定義され、地域コミュニティに属しながら、能力を発揮するのかもしれません。ただし、それは奉仕の精神で実行し、富は社会と共有されることが求められます。デザイナーは、まずはじめに利他の精神を持つことが求められるでしょう。「火中の栗を拾う」ことを疑わずにできる思想と精神を持つ必要があるのかもしれません。そして、これまで以上にコミュニケーション能力が求められるでしょう。職能としての境界線が曖昧になる中で、大きな社会課題や環境問題に取り組むためには、多くの時間を対話に費やすことになります。そのためのコミュニケーション能力はこれまで以上に求められるでしょう。しかも母国語だけでなく外国語も必要になると思います。ビジネスでは自動翻訳やAIによる同時通訳で不便はないですが、やはりコミュニケーションは人と人を結ぶもの。友達になるには流暢な機械翻訳ではなく、拙くても自分の言葉のほうが相手には響き、友情を育むことができるのではないかと思います。

終わりに

今回は資本主義と工業デザイナーについて考えてみました。私はこれからの時代を生きる者としてコモンズの考え方に非常に興味があるため、引き続き自分で考え情報発信をしたいと思います。Creativeog[クリオグ]では、デザインに関する記事を多数執筆していますので、ぜひ他の記事もご覧ください。

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